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ちいさないのち

2010/03/03


昨日、生まれて6日の新生児が
おばあちゃんに連れられて
診療所にやってきました。

「おっぱいを飲まない」と。

見るからに重症で
泣き声すら上げることができませんでした。

ここでは新生児の治療は何もできません。

私たちは家族に
「すぐに病院へ行くように」と説明しました。


「私も付き添って行きますよ」
と言うと

赤ちゃんのパパからは
「病院へ行く車が用意できたら、
診療所前を通ります」
とのお返事。

その後、家族は診療所に来ませんでした。


今日の朝、ソニアも私も心配で
2人で昨日の赤ちゃんの家を探して訪れました。


家を訪ねると
若い女の子が出てきたので、
「赤ちゃんいる?お母さん、お父さんいる?」と聞きました。

その女の子は
「いないよ。どこへ行ったかは知らない」と。


家の前で待っていると
赤ちゃんのパパが出てきました。
赤ちゃんの様子を見に来たと伝えると
家に入れて貰えましたが、
家には赤ちゃんも
そのママもパパもいました。


そして、
家族に病院へ行ったかを尋ねると
「行っていない」とのお返事。


赤ちゃんは
かなり脱水症状が進んでいましたが
昨日よりはややましな状態で
なにより、おっぱいが飲めるようになっていたのが
せめてもの救いでした。

午後にもまた来ることを告げ、
家を去りました。

午後、
今度は医学生のバイロン君と私の2人で
赤ちゃんの家を訪ねると
すんなり家に入れてもらえたものの
赤ちゃんのおじいちゃんが出てきて

「何のために来たんだと、
けんか腰。

「何もしないで、
何の薬もくれないのなら
赤ちゃんに触るな」

と言うではないですか

赤ちゃんを抱いたバイロン君
「よしよし」と揺らしながらも
棒立ち・・・

このとき彼は
「ま、まぢかよ・・・なんて展開だ?!」
と内心思っていたらしい。


おじいちゃんは、
なんとかして赤ちゃんを助けたいと思ったから
診療所に連れて行ったのに
そこで病院へ行けと言われたことに
かなり不信感を募らせていたようです。

朝の女の子の反応も、
その影響だったのでしょう。


家族が病院を信頼していない理由は
以前、近所の人が
赤ちゃんを病院に連れて行ったら
家族のいない間にいろんな処置をされて
結果的に亡くなったということがあったらしく
病院に行くと
死んでしまうと思っているのです。

というわけで
病院へ行くことは断固拒否。

そして、
赤ちゃんの運命は神様が決めることだから
できることは
神様にお祈りすることだけだと考えています。


病院に行かない理由は
もうひとつあります。
それは経済的な問題。

今朝、家の女の子は私たちに
「赤ちゃんがどこにいるか知らないわ」と
言いましたが
そんなわけはありません。
家には寝室がひとつしかないのですから。
その小さな家に、
ざっと数えただけでも15人以上が住んでいる様子です。

国立病院の治療は無料ですが、
シェカム村からはバスか車でシェラまで
行かねばなりません。

その交通費さえ捻出するのが難しいのに
もし、治療にお金がかかったら
とても支払えないと言います。


貧困。

それも人々の考え方に大きな影響を与えています。

お金さえあれば救える手段があるのに
お金がないためにそれに手が届かない。

どうにもならないのであれば
子どもの運命も神様が決めること。
そう思った方が諦めがつくのでしょうか。


それでも
家族と同じ気持ちで
なんとかして
子どもの命を助けたいと思っていることを伝えると
おじいちゃんも少しずつ心を許してくれるようになりました。

おばあちゃんは、
「あなたたちに見守られて、この子を育てていきたい」
とも言ってくれました。

うまれて6日の小さな命。

文化と習慣、噂や迷信、そして貧困。
やっとこの世に生を授かった小さな灯は
それらの間で弱々しく揺れています。

今、私たちにできることは
毎日赤ちゃんの状態を観察し
家族を励ましつつも
なんとか赤ちゃんに必要な治療を
受けさせてあげられるよう
説明を続けることだけです。



文化や習慣の違いがあることなんて
こっちに来る前からわかっていました。
でも、それは頭の中でだけで
実際に直面すると
どうにもできないやるせなさに
気持ちの整理がつけられない自分がいます。
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comment

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つらかったですね

赤ちゃんの頑張りと生命力に期待しましょう。神様が助けてくれる子供であることも。

僕のステイしていたお家の旦那さんは、とても心広く暖かい人で、誰からも慕われる人でしたが、腎炎でなくなりました。

それ以上、透析だけでは健康が維持できなくなり、腎移植しか道が無いということだったようです。それから少しずつ一家のまとまりは無くなっていき...

生きる道が残されているとわかっても諦めなければならないのと、無知であるがゆえ全てを受け入れる、いったいどちらが幸せといえるのか、いまだ答えに出会えません。

Re: つらかったですね

kenさん

確かに簡単には答えの出せない難しい問題です。

高度な医療によって助かる命もあれば
それが逆に幸せなのかと疑問を抱かせる結果になってしまうこともあります。

でも、命を助けるためには
できるだけのことをしたいし・・・
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プロフィール

ビスっち

Author:ビスっち
Bienvenidos!!

2009年秋から青年海外協力隊としてグアテマラに派遣されました。
ケツァルテナンゴ県カンテル市にあるシェカム村の診療所で看護師として働いてから帰国。日本に帰った後も、村との関係を持ち続けながら活動中。

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